「目に青葉、山ほととぎす、初がつお」

桜からツツジ、そして藤の花へ、新緑の美しい季節となりました。

 今年度、K&Tファーマコンサルティングは製薬企業の皆様に少しでもお役に立てるよう鋭意努めて参りたいと思います。

 さて、イノベーションを求められる製薬企業にとっては、下記の項目が主な課題として挙げられます。

・創薬研究(新しい治療法の探索と創薬力)

・開発(治験規制等の変化への対応とDX活用による効率化/患者負担の軽減)

・東南アジアをはじめとする新興国での市場参入とシェア拡大

・希少病薬事業

・医療のアクセシビリティの向上

・医師の働き方改革への対応

・デジタルヘルスケアの拡大

・AI活用による効率化と付加価値のより一層の向上

・MRの営業活動の変化と本部機能の役割分担

・人材開発とトップタレントの育成

・製薬産業全般におけるDXの急激な進展と対応

・持続可能性の追求

・生産・物流の変化

これらの課題について考察する前に、私自身一度「COVID-19感染拡大と製薬産業」について一旦総括する必要があると考えています。

下記文章は、私の原稿(2022年9月出版)の一部をご紹介するものです。ご参考までに5回シリーズで発信したいと思います。

前回(第1回)は、医療・医薬品市場と製薬企業の業績への影響を中心とした内容でしたが、今回(第2回)は、コロナワクチンの研究において、なぜ日本で創薬できなかったのか、考えてみたいと思います。

創薬研究

製薬企業の研究開発は,創薬を中心とする研究探索と,発見された候補物質を医薬品へと仕上げていく臨床開発に分けることができる。開発は次項で述べるとして,ここではCOVID-19 との関連で創薬研究について,2 つの視点から見ていきたい。

1 つは,世界のコロナワクチン開発競争の中で,創薬先進国といわれる日本がなぜ大きく出遅れたのか,コロナ禍において改めて浮き彫りになったワクチン研究の問題点は何か,ワクチン以外の研究においてどのような影響があったのかということである。

次に,創薬研究員は今回のコロナ禍において,研究活動でどのような影響があったのかについて,インタビューも含めて記述する。

新型コロナワクチンの承認状況であるが,米国においてはファイザー製が2020 年12 月11 日に,モデルナ製が12 月8 日に,J&J 社製が2021 年2 月27 日に緊急使用許可され,2021 年1 月からアメリカ国内において本格接種が始まり成果を上げた。イギリスのアストラゼネカ製は欧州で1 月29 日承認された。WHO は中国医薬集団(シノファーム)が開発したワクチンの緊急使用を5 月7 日に承認した。シノファームはすでに中国国内では承認済で,その他ロシア1 製品が承認されている。

日本においては2021 年2 月14 日にファイザー製が,5 月21 日にモデルナ製とアストラゼネカ製が特例承認された。

一方,日本製のワクチンは,塩野義,第一三共,アンジェス,KM バイオロジックスの4 社であり,2022 年7 月時点で承認はされていない。圧倒的に出遅れていることは否めない。

今回の新型コロナワクチンと創薬研究を関連づけて議論すれば,なぜ創薬先進国の中で日本が遅れているのか,この問題が提起されなければならない。

ワクチン開発にあたり,各国は大規模な資金支援を打ち出している。なかでも米・中は群を抜く。アメリカは官民を挙げてワクチン開発や供給を支援する「ワープ・スピード作戦」を推進している。2020 年3 月下旬にまとめた追加予算のうち100 億ドル(1 兆7000 億円)を投入した。中国は2020 年に感染症対策として1 兆元(約15 兆円)の特別国債を発行し,ワクチンや治療薬の研究開発をテコ入れしている。

日本は2次補正予算に,ワクチン・治療薬の開発に,2055 億円を盛り込んだだけである。米・中とも感染症は国家防衛という明確な理念の中,国家主導のもとワクチン開発が急ピッチで行われた。

平常時においても,アメリカは国立衛生研究所(NIH)が医療分野の研究開発を統括しており,2020 年度の予算は421 億ドル(約7 兆1600 億円)である。一方,日本は日本医療研究開発機構(AMED)2が約1400 億円の予算で研究開発と環境の整備,助成を行っている。

2020 年4 月の時点での新型コロナウイルスに関する論文数を見てみると,日本は6 番目で米,中,欧州に比して大きく劣っている。

2020 年世界のワクチン市場における企業別シェア(IQVIA 概算)を見るとトップ4 はファイザー(米),グラクソスミスクライン(英),メルク(米),サノフィ(仏)で,全体の8 割強を占めている。これに2021 年から接種が始まった新型コロナワクチン(ファイザー(米),モデルナ(米),アストラゼネカ(英),ジョンソン& ジョンソン(米),シノバック(中))などが加わると,2021 年における日本勢のシェアはより低下し,数パーセントにも満たないと推測される。

日本での新型コロナワクチンの開発がここまで遅れたことについては,複数の要因が考えられるが,まず基本的な認識として,世界における日本のワクチンシェアはコロナ前において数パーセント程度であり,1 社あたりで見れば,外資大手とは売上規模においても基礎研究資金においても圧倒的に劣っている。

欧米および中国は,新型コロナワクチンの開発について,公衆衛生という概念の前に国家防衛という視点で取り組み,数兆円の国家予算を投入している。特に米国政府は新型コロナウイルスが感染し始めた当初,中国の武漢で何が起きているのかを情報収集し国家防衛という視点で即座に政府主導でワクチン開発を強力に推し進めた。いわば横綱が本気で俊敏に動いたのである。

日本においては,過去追い上げるチャンスはいくつかあった。その内の1つが2009 年春頃から世界的に流行した新型インフルエンザである。同年6月専門家による新型インフルエンザ対策総括会議は「ワクチン製造業者を支援し(略)開発の推進を行うとともにワクチン生産体制を強化すべき」と結論づけた。  

当時政府は,国産ワクチンに加え,9900 万人分を輸入し備え,生産体制については,国産ワクチンメーカーへの資金支援を行ったが,ワクチンの基礎研究については,アメリカのように国家による強力な研究開発のサポートやその後の継続的フォローを行った形跡は見あたらない。

1900 年代初めにライト兄弟は世界初の有人動力飛行に成功したが,この時点ではまだインベンション(発明)であった。その後,空港の整備やパイロット・客室乗務員の訓練,さらには航空機による旅行という概念を作り,1933 年に航空会社が初めてお客を乗せて大陸間を移動することに成功した。これがイノベーションである。つまり「顧客にとっての新たな価値の創造」がイノベーションであり,日本のワクチン研究を考える上で示唆を与えてくれる。

mRNA ワクチンは,ウイルスの表面にあるスパイクたんぱく質の遺伝情報を複写して投与し,細胞内にスパイクたんぱく質を作らせることで人が自ら抗体を作るものであり,いままでのインフルエンザワクチンなどの不活性化ウイルスを培養して投与し抗体ができるものと本質的に異なる。ファイザーとドイツのビオンテックが共同開発したワクチンとモデルナのワクチンはこの方法で作られている。

mRNA の技術は,アメリカ在住でハンガリー出身の生化学者カタリン・カリコ博士が,長年取り組んできたもので,その後この技術の応用で,iPS細胞を作成したのがカナダの幹細胞学者でモデルナの創業者であるデリック・ロッシ博士である。すなわち,山中伸弥教授のiPS 細胞があったからこそ,カタリン・カリコ博士たちが2005 年に発表したmRNA の技術が再び注目されてワクチン開発に結びついたのである。

iPS 細胞をステップにした研究がmRNA ワクチンにつながったと考えると,iPS 細胞の発見というインベンション(発明)は日本だが,これを発展させ顧客にとっての新たな価値創造すなわちイノベーションを成し遂げたのはアメリカである。

また経営者側からみた経営予見性の不確かさがワクチンビジネスには存在する。ワクチンは一企業が投資し回収に至るにはリスクが高すぎるのである。いままでインフルエンザワクチン等については日本では主として数社が担ってきたが,インフルエンザが流行しない場合に余ったワクチン在庫はすべて製薬企業が回収・廃棄し損失計上する。ワクチンの廃棄については生物由来のため専門業者に任せて手間もかかり費用もばかにならない。特にパンデミックがいつ起こるかわからない中で一企業として投資することは経営の予見性という点からしてもハードルは高い。

したがってワクチン開発は民間企業に任せるのでなく,国家機関として行い,販売・情報提供等を民間に委ねるべきであるという考え方もある。

新型コロナウイルスのワクチン開発で,日本はなぜ出遅れたのか。ノンフィクション作家の広野真嗣氏が,2020 年9 月に,国内で開発の先頭を走るバイオ製薬企業アンジェスの創業者森下竜一氏(医師で大阪大学寄附講座教授でもある)にインタビューした記事内容(News week 日本版2020 年11 月17 日配信記事)が興味深い。

当初感染者数が急増し,新型コロナの抑え込みに失敗した欧米のワクチンを,なぜ日本が多額の税金で買わなければならないのか,日本に何が欠けているのか,広野氏は森下氏に取材を始めた。記事内容を要約すると,「米国は軍が民間と一緒に積み上げてきたものがあって,日本とは全然違う。念頭にあるのは,世界の開発競争の先頭を走る米バイオ企業モデルナ3のmRNA4ワクチンだ。モデルナは生物学者デリック・ロッシが2010 年に創業し,14 年からワクチン開発に参入した。新型コロナ禍が発生すると,今年2020 年3 月半ばにはもう臨床試験を開始していた。「ワープ・スピード」を掲げるトランプ政権の支援は桁違いで,モデルナには保健福祉省の生物医学先端研究開発局(BARDA)経由で9 億5500 万ドルの補助金を出し,1 億回分を15 億2500 万ドルで買い取る契約を結んだ。今回の見事なワクチン供給は,科学者の知性の差というより国家の安全保障投資の差なのである。森下は日本にはワクチンの戦略が欠けているとみる。」

次に広野氏は,防衛省防衛研究所の社会・経済研究室長,塚本勝也氏にインタビューをしている。記事(News week 日本版2020 年11 月17 日配信記事)を要約すると下記の通りである。

「冷戦終結で脅威は核から生物化学兵器に移り,ワクチンの重要性が高まった。危機感を強めた米軍は自らワクチン開発への関与を始める。注目された新しい技術が,RNA やDNA のワクチンだった。」

日本がワクチン開発で出遅れた理由について,国立感染症研究所所長の脇田隆字氏に問うと,こう答えたとのこと。「この20 年間を振り返れば,新型コロナを含め繰り返し新興・再興感染症が起きているのに警戒感は維持されなかった。今後感染症やこれに伴うワクチン研究費等は,国家防衛の視点から予算面,体制面から至急検討する必要があるかもしれない。」

一方,世界における新型コロナウイルス治療薬の研究は進み,ギリアド・サイエンシズの世界初の新型コロナウイルス治療薬レムデシビル(ベクルリー)はエボラ出血熱を対象疾患に開発されていたが,新型コロナ治療薬として2020 年2 月から臨床試験を開始。5 月1 日にはアメリカで緊急使用許可を取得し,日本でも同月7 日に特例承認された。(点滴静注)

レムデシビルのケースは,すでにヒトでの使用実績がある薬剤を,本来の治療対象以外の疾患に転用する“ドラッグ・リポジショニング”である。

またCOVID-19 の発症を抑制する初の抗体カクテル療法としてロシュ/中外製薬のカシリビマブ+イムデビマブ(商品名ロナプリーブ)が日本において2021 年11 月5 日に特例承認された。(点滴静注・皮下注射)その後,経口薬として,MSD 社製の抗ウイルス薬モラヌラビル(商品名ラゲブリオ)が日本において2021 年12 月に特例承認され,ファイザー製の抗ウイルス薬ニルマトレルビル+リトナビル(商品名パキロビッド)が2020 年2 月に同じく特例承認された。

コロナ治療薬以外の新薬研究は,今後どのような影響を受けるのであろうか。IQVIA の分析によれば,グローバルにおいては,新薬パイプラインは潤沢である。しかしながら,新薬パイプラインの多くは海外の新興バイオファーマにより創薬されたものであり,この傾向は今後も続くことが予想される。日本では新興バイオファーマの存在感が低く,低分子の開発品は世界の中で10%近いシェアを持つが,革新的バイオ医薬品といわれる新モダリティ領域6での新薬開発品目数は,3%程度のシェアにとどまる。

特に米英仏独は,国家防衛の視点から多大な資金をワクチン開発や新興バイオファーマに注ぎ込んでいるが,これらの膨大な資金がすでにワクチン以外の基礎研究にも流れていると指摘する科学者もいる。このようなことから,新型コロナウイルスをきっかけに創薬の世界においても日本が大きく遅れることが懸念される。

『経営者と研究開発―画期的新薬創出の実証研究―』(栗原,2018)でも述べたが,今後の国内医薬品市場においては,新薬パイプライン数からますます外資系企業が優位に立つことは明らかである。IQVIA 分析資料によれば,過去10 年間における日本企業オリジナルな医薬品の国内市場における売上ウエイトは,2009 年の45%から2019 年には37.9%まで低下している。

財務省貿易統計による日本の医薬品貿易収支の推移によれば、赤字額は年々拡大し,2018 年には2.3 兆円にのぼり,2021 年にはコロナワクチンの購入により実に3.3 兆円の赤字額となった。国内企業の

海外生産分が国内に再輸入される額を差し引いても,2.8 兆円を上回ることは確実である。

医薬品の創薬研究には大きなリスクが伴う。実際に日本製薬工業協会の資料によれば,新薬の研究開発は10 年以上の長期にわたり,製品よってそれぞれ異なるが,グローバル開発品においては数千億円程度の高額な投資が必要となるだけでなく,その成功確率は3 万分の1 と非常に低くきわめてハイリスクである。今後薬価改定が毎年実施され特に新薬の薬価が毎年下がるなど経営への影響が大きくなれば,本来の新薬研究に投資する環境はきわめて厳しいものになる。

次にミクロの観点で,研究員は研究活動においてコロナの影響をどう感じていたのかについて,コロナ禍による研究活動への影響について大手製薬企業研究員およびベンチャー創薬企業研究者に対しインタビューした内容を以下記述する。

・今回のコロナ禍において研究活動に遅れが生じている。

・緊急事態宣言時,会社全体で出社率を3 割程度にするという全社方針のもと,現場研究員には50%程度の出社率が示された。6 人が共同で行う研究室(ラボ)においては3 密を避けるために,毎日3 人ずつしか出社できない状況であった。日頃から研究室においては,一人ひとりが自分の分担分について実験活動を行っている中で,出社制限により担当業務を隔日にこなさなければならず,明らかに実験が当初の計画より遅れた。

・実験動物の毎日の管理など専門の担当者といえども毎日出社ということは難しく,研究員同士で融通しながら対応した。

・創薬の過程で,研究者は実験室に行かなければ仕事にならないため,緊急事態宣言により出社が控えられれば,研究活動に遅れが出ることは事実である。

・日頃,研究会や学会にて研究者同士意見交換する中で情報収集を行っていたが,コロナ禍においては学会や研究会が中止され影響が出ている。

・学会や研究会は主にリモートで行われ利便性はあるものの,セミナーや学会が終わった後に興味ある講師への声がけやその後のネットワークづくりがなかなかリモートでは難しい。

・その結果外部との研究会,学会またその後の交流がほとんどなくなり,研究者の自由で斬新な発想が薄れている。この業務形態が続くと,2~5年後,10 年後に影響が出てくる。大変危惧している。

大手製薬企業の研究トップは「医薬品を創出するようなクリエイティブ,イノベーティブな仕事はリモートでは限界がある。特に複数での議論はしにくく,フェイス・トゥ・フェイスでの議論の重要性が再認識され,オフィス勤務と在宅勤務の二者択一ではなく,どのような割合のハイブリッドがよいか検証する必要がある」と述べている。

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