「打ち水や堀に広がる雲の峰」

 作者村上鬼城

夏の暑さが少しは和らぐ一句をお届けします。最近は見かけなくなりましたが、かつては打ち水をして涼をとる風情がありました。打ち水をしながら、ふと近くを流れる堀に目をやると、夏の雲がいっぱいに映っている。

今月もK&Tファーマコンサルティングは製薬企業の皆様に少しでもお役に立てるよう鋭意努めて参りたいと思います。

 さて、イノベーションを求められる製薬企業にとっては、下記の項目が主な課題として挙げられます。

・創薬研究(新しい治療法の探索と創薬力)

・開発(治験規制等の変化への対応とDX活用による効率化/患者負担の軽減)

・東南アジアをはじめとする新興国での市場参入とシェア拡大

・希少病薬事業

・医療のアクセシビリティの向上

・医師の働き方改革への対応

・デジタルヘルスケアの拡大

・AI活用による効率化と付加価値のより一層の向上

・MRの営業活動の変化と本部機能の役割分担

・人材開発とトップタレントの育成

・製薬産業全般におけるDXの急激な進展と対応

・持続可能性の追求

・生産・物流の変化


これらの課題について考察する前に、私自身一度「COVID-19感染拡大と製薬産業」について一旦総括する必要があると考えています。下記文章は、私の原稿(2022年9月出版)の一部をご紹介するものです。ご参考までに10回シリーズで発信していきたいと思います。

第1回は、医療・医薬品市場と製薬企業の業績への影響を中心とした内容で、第2回は、コロナワクチンの研究において、なぜ日本で創薬できなかったのかについて考察しました。第3回は、コロナ禍における臨床開発の変化について述べてきました。今月(第4回)は、生産・物流においてどのような変化があったのか述べていきたいと思います。

☆生産・物流

COVID-19 が世界的に拡大を続ける中,製造業の業務のあり方も大きな変化を余儀なくされている。移動の抑制や「3 密」を避ける働き方など,直接的な活動が大きく制限され,従来の日本の製造業の強みであった「チームワークをはじめとする組織力」を,直接的に発揮しにくい状況となっている。

COVID-19 は製薬企業の生産・物流にどのような影響を及ぼしたのであろうか。生産部門は,工場で直接生産活動に携わる現場,品質部門,そして具体的な生産計画を主務とする生産企画・生産管理,原材料調達の購買担当等で構成されている。

2020 年4 月に緊急事態宣言が発動され,生産部門においても様々な問題が発生した。大きくは3 つに分けることができる。1 つ目は生産の根幹をなす原薬や中間体を含めた原材料・資材の輸入が制約を受けた問題,2 つ目は製造現場における技術的側面および労働環境の整備に伴う生産性の問題,3つ目は現場とスタッフの労務管理上の問題などである。

1 つ目であるが,製薬大手の生産責任者にインタビューしたところ,日本の製薬企業は大手であっても,全体的なコスト低減の観点から,原薬や製材,包装材料などを主に欧州の一部やインド,アジア,中国等から幅広く輸入している。平常より在庫の積み増しは行っているが,COVID-19 感染が拡大する中,ロックダウンしている輸入国からの資材調達が一時的にストップすることがあった。特に,全世界的なワクチン製造のために,シングルユース(ワンショット)用資材の需要が急増し,国内の通常品製造のための資材納期が遅れるという事態が発生している。

またジェネリックメーカーや基礎的医薬品を製造しているメーカーは、原薬や中間体がインドや中国から入ってこないことの影響が大きく,一部生産に支障をきたしている。シングルユース※1材料のほか,プレフィールドシリンジ※2等も新型コロナワクチンの影響もあり,海外製品がなかなか入ってこないとのことであった。※1 =1回使い切りタイプの薬剤のことで点眼薬などによく用いられる。ボトル容器などでは開封後雑菌が混入する可能性もあり,通常防腐剤を入れているが,シングルユースは使い切りのため防腐剤を入れない。
※2=薬剤が予め充塡された注射器であり,臨床使用上,様々な有用性がある。

原薬に限って言えば,日本の原薬メーカーは通常,中国とインドから原薬を輸入し,最終2 工程(生産加工)を国内で行った後,製薬企業に提供している。この原薬がなかなか入ってこなかったことにより,連鎖的に製薬大手生産調整を行わざるをえなかった。リスク管理の観点から,中国・インド以外の国や日本国内でのメーカー調達を考えていかねばならない課題を突き付けられている。

2 つ目の製造現場における技術的側面および労働環境の整備に伴う生産性の問題であるが,技術的側面についていえば,製造工程の変更に伴う設備の改修や新規設備の導入について,特に緊急事態宣言下では,日本の機械メーカー技術者は出張を控えており,工場に来ることができなかった。製剤設備などを海外メーカーに依存している製薬企業も多く,海外から技術者が来ることができず,一部生産に支障をきたす事態が起きている。

また工場としては,新たな設備を導入する際,通常各機械メーカーの展示会や説明会に参加し検討するが,機械メーカー自身がこのような展示会・説明会を開催できず,工場への出張も制限される事態となっている。ウェブ会等で行うこともあるが,詳細図面検討などではフェイス・トゥ・フェイスようにはいかない。労働環境についていえば,創薬研究と同じで,現場においては隔日出勤等のシフト制や出社制限を設けているところも多く、検温や毎回の消毒作業等により業務効率が低下し,結果として生産性が低下している。

在宅勤務に関しては,工場の生産管理をはじめとするスタッフは在宅が可能であるが,作業を中心とする現場担当者や品質部門における試験担当者等は出社せざるをえない。これによりスタッフと現場担当者との間で感情的な軋轢も生じている。新たな人の採用も面接そのものができなくなっており,人員不足をなかなか解消できない事態も発生している。

製薬企業における物流担当者にインタビューしたところ,工場からの出荷作業が主であり,倉庫における3 密を避ける対策や体温管理,医薬品卸の物流倉庫までの配送を含め,外部業者との接触に慎重な対応をしたが,大きな問題はなかったとのことであった。現在,製薬企業の物流(製造場所→物流倉庫への移動・保管→医薬品卸の物流倉庫までの配送)はかなり機械化が進んでおり,これも一因と思われる。 

次回はMRの営業体制の変化についてです。

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